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大阪地方裁判所 昭和23年(行)49号 判決

原告 久保田美英 外五名

被告 高安村農業委員会・国

主文

原告等の訴を却下する。

訴訟費用は被告等の負担とする。

事実

原告等は、「高安村農地委員会が自作農創設特別措置法(自創法)に基き別紙物件表記載の土地について定めた買収計画及びその買収計画に基く政府の買収を取り消す。被告両名は、右政府の買収の無効なること、並びに右の買収計画及びこれに関する公告、異議却下決定、裁決、承認、買収令書の発行の無効なることを確認すべし。訴訟費用は被告両名の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として、

「一、別紙物件表第一、第二、第三、第四、第五、第六記載の土地(本件第一、第二、第三、第四、第五、第六土地)はそれぞれ原告久保田美英、同久保田猛、同久保田美雄、同久保田博己、同富井和夫、同細川信太郎の各単独所有に属していたところ昭和二二年四月三〇日高安村農地委員会は本件第一ないし第六土地について、自創法にもとずき、原告久保田美英の所有する小作地たる農地としてその買収計画を定め、昭和二二年五月一日その公告をしたので、原告等は同月九日異議の申立をし、同委員会が同月二三日その異議を却下する決定を通知したのに対し、更に同年六月九日大阪府農地委員会に訴願をしたが、同委員会は同月三〇日その訴願を棄却する裁決をするとともに、同日右買収計画を承認し、大阪府知事はこれに基いて買収令書を原告久保田美英に交付した。

二、しかし右の買収計画は、まず、つぎの点においてその内容上の違法がある。

(1)  本件第二ないし第六土地については所有者でない原告久保田美英を所有者として表示している。

(2)  自作地を小作地と誤認したものがある。

(3)  一筆中の一部のみを買収するものがある。

(4)  地番地目反別(畦畔を含む)賃貸価格買収代金等に誤記違算がある。

(5)  公簿面の面積に比較して著しい差があるにかかわらず別段の面積を定めなかつたものがある。

(6)  買収対価は時価すなわち特別価格によらなかつた違法がある。

三、つぎに、右買収計画、その公告、異議却下決定、裁決、承認、政府の買収および買収令書の発行には、つぎの点の違法がある。

(一)  買収計画

(1) 本件買収計画は被告委員会作成名義の買収計画書なる文書をもつて表示されている。しかし、被告委員会に備え付けてある議事録によれば、右の買収計画書と一致する決議のあつたことが明認し難く、また、右買収計画書には決議を要する買収計画事項の全部が完全には表明されていない。すなわち、右買収計画書は被告委員会の決議に基き、かつ法定の内容を具備する適式の買収計画と認めるに足りない。

(2) 買収計画書は委員会という合議体の行政行為的意思を表示する文書であるから、買収計画書自体に、委員会の特定具体的決議に基いた旨の記載と、その決議に関与した各委員の署名あることをその有効条件とするが、本件買収計画書には右の記載および署名がない。

(二)  公告 農地委員会はその決議をもつて買収計画の公告という行政処分をしなければならない。その公告は、買収計画という農地委員会の単独行為を相手方に告知する意思伝達の法律行為である。公告によつて買収計画に対外的効力を生ずるものである。

(1) ところで、本件買収計画の公告は、被告委員会の決議に基いていない。

(2) また、被告委員会の公告ではなくて、その会長の単独行為であり、その専断に出たものである。

(3) 公告の内容は買収計画の告知公表たるを要するにかかわらず、現実になされた公告には単にその縦覧期間を表示するにとどまる。かかる内容の公告は自創法第六条に定める公告としての要件を欠くものである。

(三)  異議却下決定 (1)原告に送致された異議却下決定は、被告委員会がこれと一致する決議をした証跡がない。また被告委員会の議事録に、これを証明するに足る記載がない。(2)その決定書は会長単独の行為または決定の通知とは認められるが、被告委員会の審判書とみとむべき外形を備えていない。

(四)  裁決 (1)大阪府農地委員会が原告の訴願について裁決の決議をした事実はみとめるが、その議決は裁決の主文についてのみ行われ、その主文を維持する理由に関しては審議を欠く。裁決書中理由の部分は会長たる知事の作文であつて、右委員会の意思決定を証明する文書ではない。

(2) 裁決書は会長たる知事の名義で作成されているが、会長が右委員会の訴願の審査および裁決の決議に関与しなかつたことは公知の事実である。故に右の裁決書は同委員会の裁決に関する意思を表示する文書ではない。

(3) 裁決書を会長名義で作成することは法令上許されない。

(五)  承認 買収計画につき、市町村農地委員会は自創法第八条に従つて、都道府県農地委員会にその承認を申請し、都道府県農地委員会は、その買収計画に関する法律上事実上の事務処理について違法または不当の点がないか厳密に審査し、その承認を行うものである。すなわち買収計画の承認は、承認の申請に基き買収計画に関し検認許容を行う行政上の認許で、明らかに行政上の法律行為的意思表示であり、行政処分たる法律上の性格を有する。買収計画はその公告によつて対外的効力を生ずるが、さらにこれに対する適法有効な承認があつてはじめて、その効力が完成し、ここに確定力を生じ、政府の内外に対し執行力が生ずる。

ところで、

(1) 本件買収計画に対しては適法な承認がない。大阪府農地委員会は、今次の農地改革における各買収計画に対し法定の承認決議をした外形があるが、あるいは市町村農地委員会の適法な申請に基かないものがあり、あるいは承認の決議が訴願に対する裁決の効力発生前になされたものがあつて概して承認の決議自体無効である。このことは本件買収計画に対する承認についても同様である。

(2) 本件の買収計画に対して承認の決議はあつたが、この決議に一致する大阪府農地委員会の承認書が同委員会によつて作成されていない。また被告委員会に送達告知されていない。すなわち買収計画に対する適法な承認の現出告知を欠く。故に承認なる行政処分は存在しない。かりに右の決議をもつて承認があつたものとするも、かかる決議は法定の承認たる効力がない。

(六)  政府の買収および買収令書発行 (1)自創法による政府の買収という行政処分は、府県知事の買収令書の発行という、国の行政機関の文書をもつてする意思表示により具現し、その交付すなわち告知によりその対外的効力を生ずる。すなわち、政府の買収なる処分の効力は、買収令書の発行の適法なるや否やにかかる。

(2) 自創法第九条によれば、買収令書の発行は、同法第八条の承認のあつたことを前提とする。故に適法な承認行為が実在し、しかも承認が効力を生じた上でなければ買収令書の発行は違法であつて無効であり、従つて政府の買収もまた無効である。

(3) 政府は買収計画の定めるところにより買収を実行する。買収計画の定める買収要件と一致しない買収令書の発行は無効である。

従つて政府の買収も当然無効である。

(4) 本件土地についての買収令書の発行には、右の各無効原因があつて無効であり、従つて、政府の買収もまた無効である。

従つて、本件土地についての政府の買収は無効であり、また買収計画、その公告、異議却下の決定、訴願棄却の裁決、買収計画の承認、買収令書の発行は、すべて無効である。」

被告等の主張に対し

「被告等主張の事実中買収令書取消の通知のあつた点は認めるがその余の事実は争う。

被告等主張の取消処分はつぎの理由によつて無効である。

(1) 本件買収処分は当然無効の処分である。無効の行政処分の取消ということはあり得ない。

(2) 売渡処分完了後においては知事は買収処分の取消をする権限を全然有しないから、売渡処分完了後なされた本件取消処分は無効である。

(3) 本件第一の(2)ないし(9)の土地に関する取消処分はその取消の理由なきになされたものであるから無効である。

(4) 本件第二ないし第六土地に関する取消処分はその理由が不明であるから無効である。」

と述べた。

被告等代理人は、「原告等の訴を却下する。訴訟費用は原告等の負担とする。」との判決を求め、答弁として、

「一、原告主張の事実中一、及び二の(1)記載の事実(但し本件第一の(1)土地については当初の買収計画樹立その公告、異議申立までの部分のみ)は認めるがその余の事実は争う。

二、本件第一の(1)の土地については、高安村農地委員会は原告久保田美英の異議申立を承認して買収計画より除外する決定をなし昭和二二年五月二三日その旨原告久保田美英に通知し、以後右土地については何等農地買収手続は進められていない。

三、(1) 本件第一の(1)の土地を除く本件第一ないし第六土地について大阪府知事は昭和二七年二月五日(本件第三の(21)の土地について)同月一四日(その余の土地について)の二回に亘りその買収令書をすべて取り消し各同日附の書面を以つて原告久保田美英にその取消を通知し、被告委員会は同月一三日その買収計画をいずれも取り消し同日これを公告した。

(2) 前項記載の買収計画、買収処分取消の理由は、本件第二ないし第六土地については所有者を誤認して原告久保田美英を所有者として買収計画を定め買収処分をした違法があつたからであり、本件第一の(2)ないし(9)の土地についてはその買収計画、買収処分には何等違法な点はなかつたのであるが本件第二ないし第六土地とともに一括して取り消したものである。前項記載の買収計画買収処分取消をするについては、既に買収土地の売渡手続を完了していたので、当該農地の買受人全部の承諾を得た上、売渡計画、売渡処分も買収計画買収処分の取消と同時に取り消した。

(3) 従つて本件取消処分はすべて適法である。

四、よつて原告等の本訴はすべて却下を免れない。」

と述べた。

(証拠省略)

理由

まず本訴の中、被告等に対し買収計画の公告及び承認の無効確認を求める部分は公告及び承認がいずれも行政訴訟の対象となる処分でないから不適法の訴として却下を免れない。けだし、買収計画の公告は買収計画を定めた旨を告知する行為であつて独立の行政処分でなく、承認は行政庁相互間の対内的行為にすぎないからである。

原告主張の事実中一及び二の(1)記載の事実(但し本件第一の(1)の土地については当初の買収計画樹立その公告、異議申立までの部分)は当事者間に争いがない。

まず本件第一の(1)の土地について。成立について争いがない乙第二号証第五号証の一によれば被告等主張の二記載の事実を認めることができる。従つて本件第一の(1)の土地については、当初の買収計画は既に取り消され、異議申立却下決定裁決、買収処分は当初より存在しないから、原告久保田美英の本件第一の(1)の土地についてのその余の請求部分も訴訟要件を欠き却下を免れない。

つぎに本件第一の(1)の土地を除く本件第一ないし第六土地について。成立について争いがない乙第一三ないし第一八号証第一九号証の一ないし五に弁論の全趣旨を総合すれば、被告等主張の三の(1)(2)記載の事実を認めることができる。(買収令書取消通知の点は当事者間に争いがない。)

ところで原告は右取消の効力を争うので考えてみる。

農地買収処分の相手方又は買収処分当時の買収農地の所有者(相手方が所有者でなかつた場合)が買収処分取消ないし無効確認訴訟を提起し、その訴訟が係属中

(1)  未だ農地売渡処分がなされていない場合においては、農地買収処分の取消は何人の権利、利益も侵害しないから処分庁は買収処分の瑕疵の有無、理由の如何を問わず何時でもこれを適法になし得るものと解すべきである。

(2)  既に農地売渡処分がなされた場合においては処分庁は、関係人(売渡処分の相手方たる買受人、売渡処分後当該農地に権利を取得した者)の同意があつたときは売渡処分の瑕疵の有無理由の如何を問わず適法に売渡処分を取り消すことができると解するのが相当であるから、処分庁は、関係人の同意を得た後になす売渡処分の取消と同時に買収処分の瑕疵の有無、理由の如何を問わず買収処分を適法に取り消し得るものというべきである。

従つて原告等主張の本件取消処分無効原因(2)ないし(4)の主張は採用できない。

仮りに原告等主張の如く本件買収処分が当然無効の処分であるとするならば、本件取消処分は無効の行政処分の外観上の存在を消滅せしめるため無効宣言の意味においてなされたものと解するのを相当とするから原告等の無効原因(1)の主張は採用できない。

従つて原告等本件第一の(1)の土地を除く本件第一ないし第六土地についてのその余の請求部分も本件取消処分によつて訴訟要件を欠き却下を免れない。

よつて、本訴をすべて却下し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九〇条第九三条を適用し主文の通り判決する。

(裁判官 平峯隆 小西勝 首藤武兵)

(別紙省略)

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